はじめての「色」との遭遇
「モラ」という言葉を聞いて、どんな情景を思い浮かべるでしょうか。 私にとってモラは、単なる手芸の技法ではありません。それは、パナマの強い太陽と、厳しい自然の中で生き抜いてきた先住民族「クナ族(グナ族)」の女性たちが紡いできた、生命力そのものの表現です。
私自身、長年さまざまな刺繍や手仕事に親しんできましたが、モラと出会った瞬間の衝撃は今でも忘れられません。日本の伝統的な色彩感覚とは一線を画す、大胆で、それでいて不思議と調和の取れたあの鮮やかさ。今回は、歴史や技法といった知識だけでなく、私が日々感じているモラの深い魅力についてお話しします。
モラの原点:身体から布へ移された物語
モラの歴史を紐解くと、そこにはクナ族の誇り高い物語が隠されています。 もともと彼女たちは、自分たちの身体に幾何学模様や動植物の図案を描く「ボディペインティング」の習慣を持っていました。19世紀後半、外来文化の影響でその習慣が制限されそうになったとき、彼女たちはその大切な模様を「布」へと写し取りました。
そうして生まれたのが、民族衣装の胸を飾る「モラ」です。 迫害や時代の変化の中でも、自分たちのアイデンティティを捨てずに形を変えて守り抜いた—その力強いバックグラウンドを知ると、一枚の布の重みが違って見えてきます。
逆転の発想が生む「リバース・アップリケ」の深み
モラを語る上で欠かせないのが「リバース・アップリケ」という独特の技法です。 通常、アップリケといえば土台の布の上に形を置いていきますが、モラは違います。
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布を重ねる:パナマの強い日差しと影とも言えましょうか、色布の上に黒か赤を重ねると、どんな色を使ってもモラっぽくなります。2枚だと涼しく、複数枚重ねると丈夫になります。
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切り抜く: 上の布に切り込みを入れ、下の層の色を覗かせていきます。布の配置は一番ワクワクする時です。隣り合う箇所にハレーションを起こしている、反対色をあえて置いていくと、光のプリズム効果のように輝いてくるのです。クナ族の女性が「光をまとった人々」と言われる所以なのでしょう。

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たてまつり縫い: 切り抜いた端を細かく縫い留めていく。
この「削り出していく」という感覚は、どこか彫刻に似ています。 私自身、制作中に一番緊張するのはハサミを入れる瞬間です。使う道具はハサミと針ですが、出来上がっていくものは、まるでナスカの地上絵…大地の石を退けていくと上空から見ると鳥や猿が線模様として見える…みたいだったりします。
一度切ってしまえば元には戻りません。しかし、もし切りすぎてしまっても、その下にまた新しい色の布を滑り込ませれば、それが新しい「層」となって作品に深みを与えてくれます。この「失敗さえも重なりの一部になる」という寛容さが、私がモラを愛してやまない理由の一つです。
モラが教えてくれる「自由な表現」
モラの図案に正解はありません。
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自然の息吹: ジャングルの鳥、海の魚、身近な植物。
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神話と幾何学: 祖先から伝わる迷路のような模様。太陽と影、精霊と信仰。
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現代の風景: 時には飛行機や文字など、彼女たちが目にした新しいもの。
クナ族の女性たちは、図案を書き写すのではなく、その時の気分やインスピレーションで一針ずつ進めていきます。私の絵本『タヌキのカナモノヤ』の制作でも、この「自由で大胆な構成」には大きな影響を受けました。完璧な左右対称を目指すのではなく、手仕事ならではの「ゆらぎ」を大切にすること。それが、見る人の心を温める作品に繋がると信じています。
これからモラを始めたいあなたへ
モラは特別な才能が必要なものではありません。 必要なのは、布、糸、針、ハサミ。 そして、少しの根気と「色を楽しむ心」だけです。
「難しそう」と感じる方は、まずは2枚の布を重ねて、小さな円や四角を切り抜くところから始めてみてください。針目が多少不揃いでも大丈夫です。パナマの女性たちも、お喋りを楽しみながら、日常の中で自由に針を動かしていることでしょう。
結びに:世界にひとつだけの物語を縫う
モラは、完成までに膨大な時間がかかります。しかし、その一針一針は、自分を慈しみ、心を整える時間でもあります。
完成した作品を手にしたとき、そこにはあなた自身の数週間、数ヶ月の時間が凝縮されています。それはもはや単なる「布」ではなく、あなただけの物語です。このサイトを通して、そんな「つくる喜び」を一人でも多くの方と共有できれば幸いです。
今後も、具体的な道具の選び方や、私が実際に制作している過程なども少しずつ紹介していきます。

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